室内環境汚染の実測調査から見た住宅
〜SOLARCAT ’98 spring(NO.31)掲載〜
室内汚染調査のきっかけ
二十数年前に担当した住宅で、施主から接着剤と合板を使わないでほしいと要望されたことがある。
その方は、自宅の改装を何度もしたことのある人で、その度に、微熱や発疹が出て気分が悪くなる。原因は接着剤と新しい合板だと言う。そこでできるだけ無垢材を使い、水道配管も塩ビ管は使わず、ライニング銅管や鉛管を使うなど、合板や接着剤の使用をできるだけ減らすようにした。しかし、それらの使用をゼロにすることはできなかったので、その建て主は、完成後半年間風通しをしてから入居された。
その当時は随分過敏な特殊な人だと思っていたが、化学物質過敏症のことを知って、一般にも起こりうる話かもしれないと思うようになった。新築の現場で目がチカチカした経験をお持ちの方は多いと思う。新築の匂いはかつて杉や檜、イグサなどの香りであったが、新建材の使用や塗装工事が増えるにしたがって、石油系の匂いに変わってきている。防腐剤、防蟻剤、シンナー等、体に良くなさそうだなと薄々感じていながら、代替策を考えもせず、住宅の設計監理にあたっていた。住宅の供給に携わる者として、無知による加害者になりたくないとの気持ちから、設計者仲間に声をかけて、化学物質過敏症について勉強を始めた。そのうち、自分たちの作っている建物が、実際どのくらい汚染されているのか知りたくなって、研究者の協力を得て実測調査をすることになった。
室内汚染の実体
室内環境汚染の悪玉と言われているものは、有機リン化合物、有機塩素化合物、ホルムアルデヒド(HCHO)、揮発性有機化合物(VOC)である。そのうち、主にホルムアルデヒドと揮発性有機化合物について測定を行った。測り始めてみるとかなりの高濃度が出て、その実態に驚き、様々な条件で測定を続けた。
ホルムアルデヒドは、最近最も話題に上る物質である。新築時に目がチカチカする主な原因で、濃度が0.1ppmを超えると目に刺激が感じられる。対策をしていない新築直後では、2/3の家で目安としていた0.05ppm(24時間平均値)を超えていた。
継続して測ってみると、春から夏にかけては濃度が高く、気温の低い冬には濃度が低い。冬に濃度の低い部屋でも、夏にはかなり濃度が上がる。この季節による変化を繰り返しながら、だんだん減っていくことが分かった。初期の濃度や条件にもよるが、一般的には、問題が無くなるまでに減少するのに、2,3年は要するのではないだろうか。
揮発性有機化合物(VOC)には、ベンゼン、トルエン、キシレンなどたくさんの物質があり、個々の物質の人間に対する毒性は、はっきりしていないものが多い。測定も難しく、初期の段階では30種類ほどの物質をメタンに換算して分析していただいた。
分析の結果、新築直後の状態ではかなり濃度が高く、ホワイトゾーンといわれている0.3mg/m3を大部分の測定点で超えていた。塗料の溶剤による影響が大きいと思われるが、新築後半年を過ぎればかなり低減する。揮発性の高い物質なので、室温が10℃上がると発生量は倍になるといわれており、暖房機などで室温を連続的に上げて換気するベイクアウトが有効であることが分かった。(図−1)
![[図−1]VOCの測定グラフ](http://www.handa-arch.com/wp-content/column/voc.jpg)
【 図−1 】VOCの測定グラフ
施工直後の濃度は一般的にかなり高い。塗料の溶剤による影響が大きいと思われるが、水性や天然植物油の溶剤に変えてもそれだけでは、解決策にはならない。H邸の例(○印)ではベイクアウトが、VOC早期低減に有効であったことを示している。
素材選び−自然素材と新建材
測定を繰り返しているうちにいろいろ見えてきたことがある。当然だろうが、自然素材の家は濃度が低いということ。床と天井を杉板、壁は珪藻土仕上げの家では、ホルムアルデヒドの濃度が、竣工一年目の夏の測定としては最低値の0.039ppmを示した。木、土、紙などの自然素材は、化学物質汚染に関しては問題が少ない。
時間の経過とともに風合を増すこれらの素材は、設計者の立場からもっとも使いたい建築材料である。ただし、かつての建築材料はすて自然素材であったにもかかわらず、今日新建材にとって代わられたのには、それなりの理由があるのは当然のこと。割れる、反る、狂う、補修がしにくい、時間がかかる、品質が一定でない、コストがかかるなど、施工者の立場からは扱いにくい。供給の面から考えてもすべてを自然素材に転換することは不可能だ。
ホルムアルデヒドの発生源として、もっとも大きな要因の合板の場合、昭和40年代にも問題になったことがあり、その際、F1、F2といった合板のJAS規格ができた。
F1合板はフェノール系の接着剤が使われており、従来使われてきたユリア、メラミン系の接着剤に比べて、ホルムアルデヒドの発生は少ない。F1合板に切り替えた住宅では、明らかに濃度が減少した。(図−2)ただし、合板の使用量が多く、窓を閉め切っていると、最初の夏にはガイドラインを超えてしまうこともある。自然素材であるはずの畳には、有機リン系の防虫シートが裏打ちされており、藁の畳床には有機リン系化合物であるパラゾールが入っている。化学物質過敏症の人には、スタイロ畳の方が影響が少ないこともあるのだ。
ただし、新しい素材の場合、代替フロンのように、安全とみなされていたものが実は危険なものだったというようなことが、起こることはあり得る。昨今もてはやされている珪藻土でなくても、左官仕上げは成績が良い。
金属やガラス、タイルや煉瓦などは、発生源にならない。
たとえすべての素材を安全なものに取り替えたところで、問題の解決にはならない。
ファンヒーターなどの開放型暖房機からは、大量のVOCが発生するし、防虫剤や芳香剤の使用は、確実に室内空気を汚染する。原因は建材だけではなく、我々が室内から持ち込む生活用品からも発生しているからである。
![[図−2]HCHOのグラフ](http://www.handa-arch.com/wp-content/column/hcho.jpg)
【 図−2 】HCHOのグラフ
無対策の家(A邸)とF1合板を使用したT邸、F邸、ほとんど自然素材でつくった家(I邸、O邸)の比較である。
T邸ではポリ合板を使用した食器棚と、F1ではないピーラー合板を使用した書斎の濃度が高かった。F1合板を全面的に使用しても使用量が多く、竣工後最初の夏に閉め切った状態にしておくとガイドラインの値を超えることもある(F邸寝室8月)ほとんど自然素材でつくったI邸、O邸は確実にガイドラインを下回っている。
気密性と換気量−住まいの変化
室内汚染が問題になってきた背景の一つに、住宅の気密性の向上とエアコンの普及が考えられる。
夏の発生量の多い時期に、閉め切った生活をするのは問題が大きい。住まいの温度環境と省エネのことを考えれば、断熱性の向上、気密化は避けて通れないが、換気量の確保は、空気の質を維持するために重要である。成人の呼吸量は18m3(18kg!)/日もあり、鼻や肺からは、化学物質を呼吸しやすい。換気量の目安として二酸化炭素(CO2)の濃度は1000ppm以下とされているが、換気回数0.5回/hの六畳間に夫婦二人が寝ていた場合、八時間後には1700ppmになってしまうといわれている。まして室内に有害物質が存在すれば、換気量の確保が大切なのは当然である。すきま風だらけの日本家屋に住み慣れた我々は、従来換気に関しては鈍感であった。これからは、空気の質について関心を持たなければならなくなっている。
安全な住まい
問題を起こしやすい薬品の一つに白蟻駆除剤がある。住宅金融公庫の融資条件として使用が必要とみなされていたこともあって、毒性がしばしば指摘されながら、白蟻駆除剤は広く使われてきた。しかし、白蟻が直接人間に危害を加えるわけではないのに、なぜ白蟻を駆除しなければならないのか。薬剤を使わなくても、白蟻にやられない家をつくればいいではないか。白蟻と共存できる方法は、昔から考えられてきた。床を上げて建物の足下を乾燥させる、軒を深く出し、壁に雨をあてないなど、日本建築の基本は、現代でも生きているのだ。陽当たり、風通し、深い軒、日除け、風よけの植樹などの必要性を、改めて認識させられる。我々の生活様式が変わってきている以上、昔の形だけが良いわけではない。
新しい技術によって、よりよい住まいがつくれる。たいていの場合、新しい技術は生産性の向上など、経済的な改善を優先に考えられてきた。
本当の良い技術とは、住む人のためになる技術のことである。このごく当たり前のことが、問い直されているように思う。